な ん で も 写 真 館



「 築城の名手、藤堂高虎 」
~ その3 : 今治城
[写真&コメント:10期/岩田さん(S49年電気卒)]   

   ○○ 城シリ-ズ ○○

戦国武将の中ではやや地味ですが、根強い人気のある築城の名手といわれた “藤堂高虎” が携わった城を今回まとめて紹介します。
既に紹介済みのものや未発表のものを時系列でまとめてみましたが、全体として分量が多いので何回かに分けて紹介します。

・その1 : 「大洲城ほか」 ( ← 前回掲載分)
・その2 : 「膳所城跡」  ( ← 前回掲載分)
・その3 : 「今治城」    ( ← 今回掲載分)


・「今治城」 (今治市・文化振興課)


  《付録》 「お城探訪記

藤堂高虎像
(伊賀上野城 設置)
[ 今治城の撮影日 : 2020.10.26 ] 



(5) 1602年には関ヶ原の戦いで藤堂高虎は東軍の徳川家康につき、その軍功により宇和島城8万石の他に今治城12万石を加増され、高虎は 今治城 を居城として1602年築城し1604年完成した。


【今治城の天守】
高虎が建てた天守は高虎が伊勢に移る際解体されており、現在の天守は模擬天守である。ただし高い石垣は高虎の築いた城の特徴が出ている。


:click)  [ 出典 : 「今むかし 日本の名城88 西日本編」(P83/株式会社平凡) ]




山里櫓、高麗門(左側)と天守
手前の堀は海水で当時は交易の船が入ってきていて
日本三大水城のひとつと言われている。
 

[ 出典 : 「名城探訪ガイド」
(P163/日本通信教育連盟) ]

:click)



今治城案内板
:click)
 

山里櫓、高麗門(左側)と天守

 
高麗門下から見る天守と右側に延びる多門櫓


高麗門 (城内側から)
 
高麗門城内側から見た天守


五層六階の天守正面
 


城内に展示されている藤堂高虎の肖像


天守からの眺め
正面は高麗門と反対側にある
鉄御門(くろがねごもん)と武具櫓及び高虎像

 
天守からの瀬戸内海の眺め
遠方に見える支柱はしまなみ海道の吊り橋



天守から見た高麗門(手前)と山里櫓

 
天守から見た今治港としまなみ海道


城内にある吹楊神社
 
吹楊神社から見た天守


高虎像と天守

 

二の丸跡広場にある藤堂高虎像


鉄御門(くろがねごもん)城外側
テレビでも紹介されていたが通路の三方が櫓と城壁で囲まれており敵が侵入してもここで皆殺しになる構造である。
 
二の丸跡広場からみる天守



鉄御門(城内側)と武具櫓

 
御金櫓(東隅櫓)


多門櫓

 
御金櫓


今治城
左から御金櫓、武具櫓、天守

 
JR今治駅
今治城まで徒歩約15分


今治駅構内

 
今治へは福山から「しまなみライナー」がお勧め


「しまなみライナー」は、乗客の乗降で
しまなみ海道の途中の島に立ち寄る

 
しまなみ海道は本四の他の2ルートとは
全く違った趣がある




しまなみ海道の本州側の出発地は福山駅でその新幹線口には 「福山城」 がある。    (2020年10月26日撮影)   詳細は2010年3月に紹介 

なお、福山城は現在改修中で2年間は天守へは立ち入り禁止になっている。
また、福山城については、藤堂高虎は築城に関わっていない。

 

[2021.02.27 :受付] 

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