な ん で も 写 真 館



「 彦根城 」
[写真&コメント:10期/管理人]  

   ○○ 城シリ−ズ第?弾 ○○

勤務先のカフェテリアプランのポイント消化を兼ねて、家内の両親共々彦根の保養所にて1泊旅行に
出かけ、帰途に彦根城に立ち寄って来ました。今年はちょうど築城400年にあたるとかで、3月21日
からのイベントに向けて色々と準備中でした。そろそろ桜の便りも聞かれる時期となってきますので、
近隣の皆さんは是非お出掛けられてはいかがでしょうか。
                                        [撮影日:2007.02.25(Sun.)]

  《参考資料》 「彦根城観光地図(PDF)」 (出典:彦根観光協会HP)




【 玄宮園から鳳翔台越しに望む彦根城天守 】
玄宮園は、城の北東にある大名庭園で、近江八景を模して作られた縮景園。
池中には大小4つの島や岩が配されており、鳳翔台(写真中央)という茶室もある。



  【 西の丸の搦手である黒門 】
玄宮園横の桜場駐車場に車を止めた為、通常の天守へ
向かうルートとは逆の黒門側から天守を目指した。
  
  【 黒門入り口から見た内濠 】
彦根城は、主郭である彦根山(金亀山)を取り巻くように
内堀、中掘、外堀が巡らされている。

     
【 天守に至る道程 】


  【 西の丸三重櫓(重要文化財) 】
本丸西北側にある西の丸の一番はずれにあるのが
三重櫓で、多門櫓が付属する。真下は深い堀切。

【 西の丸側から望む天守背面 】
天守には、北隅に梯形の付櫓と、これに接続して
東側にのびる多門櫓が付属。
   
 
     【 彦根城天守(国宝)正面 】
   3重3階白亜の天守。
   この天守は、日本全国で4件のみの貴重な国宝天守
   (ほかは姫路城、松本城、犬山城)の1つ。櫓に望楼を
   あげた古い形式の天守で、戦国時代から江戸時代への
   過渡期の形式と言われている。

   左の写真は荒削りで曲線的の材が剥き出しになった
   天井部で、天井板が張られておらず、居住性よりも
   戦時のみを想定した無骨な戦国時代の城を彷彿と
   させている。


   
  【 天守入り口側から見た天守 】
右側の写真にある天守入り口を入って行き、まるで梯子の様な急な階段を上って
1階〜3階に至る。正に戦時の城がそのまま残っているという風情が実感できる。

 

  【 着見台から望む佐和山(?) 】
石田三成の居城・佐和山城があった佐和山(たぶん?)。
関ヶ原の戦いの論功行賞により井伊直正が佐和山城を
領したが、5年後にここ彦根城へと居城を移した。



  【 着見台からの天守 】
周りには桜の木が多く、あと1ヵ月後なら満開の桜が
 

  【 太鼓門櫓(重要文化財) 】
本丸への最後の関門である一重櫓門で、昔は太鼓を
備え付けて登城合図に鳴らしたと言われている。
 


【 時報鐘、聴鐘庵近辺 】
 

  【 天秤櫓と廊下橋 】
天秤櫓にかかる廊下橋は、山を登って天守に
攻め込む敵に対して、橋を落とすことによって
さらに防御を固めるためのもの。
 

  【 天秤櫓(重要文化財) 】
天秤櫓とは、門を中心にして両端に同じような2重2階の
隅櫓を設置した形がまるで天秤の様な形をしていること
から、この名が付けられた。
 

  【 下から見た廊下橋 】
右側が天秤櫓で、この場所は尾根を掘って
切り通した空掘(堀切)の底部にあたる。


【 表門とその前にかかる表門橋 】
右手奥に見えるのは彦根城博物館。


【 花の生涯記念碑 】
記念すべきNHK大河ドラマ第1弾
となった「花の生涯」の記念碑

【 井伊直弼大老像 】
 
[2007.03.24:受付]  

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